子供の誕生日プレゼントに「組曲」は早すぎた…『ザ☆ウルトラマン』とLPの想い出

皆さんは、子供の頃に「ちょっと難しいプレゼント」を貰った事はあるだろうか?

僕にとってのそれは、再放送のウルトラマンにハマっていた頃に、
誕生日祝いで叔父から贈られた1枚のLPレコードだった。

ジャケットには勇ましく構える『ザ☆ウルトラマン』
歓喜して針を落とした僕を待っていたのは、期待していた主題歌ではなく、重厚で芸術的な「組曲」の世界。

子供の理解を超えるオーケストラの音楽に呆然としたあの日……。
今回は、そんなレコードにまつわる想い出と共に、アニメ『ザ☆ウルトラマン』について書こうと思う。

僕がウルトラマンにハマるきっかけ

一番最初にハマった「ウルトラマン」は何だったか。

どんなテレビだったか、本だったか、雑誌だったか、ハッキリとは覚えていない。
気づいた時には、当たり前のように日常にウルトラマンが居たという感じである。

ウルトラセブンの再放送でどっぷり浸かった

テレビで一番最初に観た「ウルトラマン」は、「ウルトラセブン」の再放送だったかもしれない。

「ウルトラセブン」にハマっていたのはよく覚えている。
自宅でも学校でも、ウルトラセブンの絵ばかり描いていた記憶がある。

ウルトラセブンに変身するシーンの格好良さ、そしてあの変身音。
その洗練されたフォルムに魅せられていた。
ウルトラホーク1号の分離ギミックも格好良かったし、
ウルトラ警備隊のメンバーは、それぞれ個性があって面白かった。

初めての「リアルタイム」はアニメだった

『ウルトラマンの新作が放送開始』

そのコマーシャルを見た時に、子供ながらに違和感を感じていた。
今までのウルトラマンは実写の特撮だったのに、新しいウルトラマンはアニメだった。

予告編では必殺技(プラニウム光線)を撃つシーンが流れていた。

それまでのウルトラマンは、切断技などは別として、腕を十字に組んだ光線技は全て一直線に放たれていたが、新作では腕の先にエネルギーを溜めて腕を振り、光球を撃つ型になっていた。
色々な所が従来のウルトラマンと少し変わっている、という印象を持っていた。

ザ☆ウルトラマンとは

『ザ☆ウルトラマン』は、1979(昭和54)年4月から、1980(昭和55)年3月まで放映されていた作品である。

ここで、簡単にあらすじを紹介してみる。
変な文になってしまっては困るので、ここは Wikipedia から引用させて頂く事とする。

科学警備隊のヒカリ超一郎隊員は、宇宙ステーション・EGG3(エッグスリー)から地球に向かう途中、U40(ユーフォーティー)からやって来た宇宙人と出会う。
ウルトラマンと名乗った彼は、地球に怪獣などの怪異や超自然現象による脅威が迫っていることを察知したU40によって、それらの災害から地球を守るために派遣された。
空に光るウルトラサインなどで人類に脅威の到来を警告し、第3種接近遭遇としてヒカリと一体化する。

以後、ヒカリは危機に陥るとビームフラッシャーを使用してウルトラマンに変身し、怪獣や宇宙人と戦う。

引用元:ザ☆ウルトラマン – Wikipedia

このウルトラマンの本名が「ジョーニアス」である事がストーリー中盤で判明する。
児童向けの雑誌で「ウルトラマンジョー」という呼び名も有った様な気もするが、詳しくは覚えていない。

余談ではあるが、1984(昭和59)年に公開された映画の中で、「帰ってきたウルトラマン」の本名が「ジャック」である事が判明したらしいのだが、個人的には現在もその呼び名はしっくりこない。

誕生日にもらった『ザ☆ウルトラマン』のLP

久しぶりに、実家に帰ってみた。

このブログを書くにあたり、子供の頃のウルトラマンの思い出を探してみたら、早速出てきた。

「ウルトラマンブック」
懐かしい。ただ、懐かしい。

7番目が抜けているのはご愛嬌。
大人の今なら、何が何でもコンプリートを狙いに行くところだが、子供の立場では仕方がない。

それでも子供なりに、それを手に入れるために色々動いていただろうが、
親に対する駄々こね・泣き落としも、7巻目ゲットまでには至らなかった模様である。

1巻目「ウルトラマン」の小冊子巻末には「昭和54年2月20日 4刷発行」と記載してある。
まさに、アニメの放映とほぼ同じタイミングで買い始めていたと思われる。

引き続き家の中を探したところ、なんとか見つける事が出来た。
それは、叔父から貰った「ちょっと難しいプレゼント」

叔父さんからのプレゼント

「組曲 ザ☆ウルトラマン」

この作品は、1979年に発売されたサントラ盤である。

日本コロムビアのサイトには記載がありませんが、
ジャケットには「© ’79・5」とあり、表記上は1979年5月制作となっています。

レコードのジャケットを見ると

  • 作曲/宮内国郎
  • 演奏/ロサンゼルス・スタジオ・オーケストラ

の表記がある。
主題歌やキャラクターソングではなく、オーケストラ演奏でBGMを組曲として聴かせる構成となっている。

収録曲は以下の通りである。

  1. 序曲・・・・怪獣王国
  2. ウルトラの国・・・・神秘な世界
  3. 怪獣出現・・・・SOS!!
  4. ウルトラマン登場・・・・勝利のアタックファイト!
  5. 科学警備隊VS怪獣
  6. 悲しみ・思い出・・・・光
  7. 太陽・花・・・・微笑
  8. 大怪獣との死闘・・・・平和の戦士ウルトラマン

A・B両面に、各面4曲。
序曲から始まり、怪獣出現から戦闘に移って、エピローグで終える。

まるで、このLPレコードだけで1つの物語が完結しそうな感じがする、合計8曲の『組曲』である。
オーケストラサウンドを楽しみたい方にはすごく良いアルバムなのだろうと思う。

子供にはハードルが高すぎた『組曲』

しかし、当時の僕には難しすぎた。

プレーヤーの前に座って、レコードに針が落ちた時、
「誰もが知ってる ウルトラの戦士~」と、当時の僕は歌う気満々だったはずである。

しかし、ささきいさおさんの歌声がいつまで経っても聞こえてこない。
1曲目が終わっても、2曲目が始まっても、聞こえるのは楽器の音だけ。
聞き進んでいっても、主題歌どころか一緒に歌える歌が1曲も収録されていないのである。

誕生日プレゼントなのに、なにか拍子抜けな感じ。
「コレジャナイ感」がすごかった。

叔父に、どんな伝わり方をしたのかは分からない。
後日、叔父から違うLPをプレゼントされた。

後日改めてプレゼントされた「歌えるLP」

結局、このLPに落ち着く。

「決定版!ウルトラマンのすべて」
ウルトラQからウルトラマンレオまでの歌全集である。

このアルバムをカセットテープにダビングし、聞きまくっていた。
やっぱり、子供の僕にはこっちの方が良かった。

今、『組曲 ザ☆ウルトラマン』のジャケットを見ながら考える。
大人の今なら『組曲』の方が楽しめるかもしれない。
改めて、『組曲』を聴いてみたい気がする。

…そんな事を、今は壊れて使えずに放置されたままの古いミニコンポを見ながら思うオッサンであった。

このアニメには、賛否両論があったらしい

意表を突く「アニメ」だっただけに、当時から賛否両論があったと聞く。

ネットでは、否定意見も多く上げられている

ネット上では、

  • 『当たり外れが激しい』『凡作回が多い』など、作品としての平均値を低く見る声
  • 『特撮じゃないウルトラマンは受け入れにくい』など、フォーマットへの拒否感

など、厳しめの意見がある。

当時のアニメはまだ、セルに手書きで描画していた時代で、
実写と違い、キャラクターの描写にバラツキがあった。
その雑な部分が、実写を観てきた世代には「外れ」に映った可能性がある。

アニメの2次元キャラクターを3次元に製品化するのは、おそらく大変だったろう。
特に、アニメ上で描写が雑になってしまっている怪獣やモブキャラは、造形も無理だと思う。

それにより、実写の特撮なら簡単に出来た「ソフビ化」「人形化」が簡単に出来ず、
以前の投稿で書いた「玩具との親和性」が失われてしまった事により、
結果的に上記のような否定的な意見につながってしまった可能性もあると僕は考えている。
(その点、『鋼鉄ジーグ』は上手くやったなと思う)

僕自身、後述の通り「スーツ化」には大いに不満がある。
それも結局、「アニメの3次元化は大変」というところに帰結するのだと思う。

僕は楽しめた…アトラクション用スーツのダサさは除いて

特撮をリアルタイムで観てきた子供たちにとっては、
「アニメ」は幻滅するだけの物だったのかもしれない。

それでも、僕は楽しめた。
以下に理由を書いてみる。

  • 「ウルトラマン」に対する固定観念が薄かった
    僕は、ウルトラマンレオまでの作品に関しては昭和50年代以降の「再放送世代」であり、
    特撮とアニメの間に時間差があまり無かった為、それぞれ独立した作品として観る事が出来た。
  • アニメについての抵抗感が薄かった
    「科学忍者隊ガッチャマン」をよく観ていた僕にとっては、マルメ隊員の声を聴いて「あ、みみずくの竜(声:兼本新吾さん)だ」くらいの感じで観る事が出来ていた。
    また、ウルトラマンの再放送を観た事により、トベ隊員(声:二瓶正也さん)がイデ隊員である事も分かっていたので、そこも抵抗なく楽しむ事が出来た理由だと思っている。
    親しみのあるおなじみの声が当てられている安心感があった。
  • 主題歌がカッコいい、と思った
    もちろん、実写特撮版の主題歌もカッコいいと思っている。
    しかし、何と言っても「歌:ささきいさおさん」。
    ガッチャマン世代にとっては、親和性がすごく高かった。

以上のように、「実写版とアニメは別物」として観る事が出来たのが大きかった。

  • 「舞台が宇宙規模になる」
  • 「完全勝利し、ハッピーエンドで地球を去る」

という部分についても、「別物」と考えればあまり気にならなかった。
(これに関しては、賛否両論がある事は重々承知しているところである)

双方の星を巻き込む大問題を力を合わせて解決し、
喝采と称賛の中で、ヒカリとジョーニアスが分離してそれぞれの星に帰っていく最終回は
従来の実写特撮シリーズには無かった「大団円のスッキリ感」を子供心に残したと思っている。

色々意見はあるだろうが、これはこれで良かったのではないだろうか。
僕はそう思っている。

…それにしても、放映終了後に出てきたアトラクション用スーツの
「頭でっかちのずんぐりむっくり感」は、何とかならなかったのか?
この「ダサい」と思った記憶も、ここにあえて追記しておく。

「別物」だから、これで良いのだ

結果的に、現在手元に残っている「ザ☆ウルトラマン」関連商品は『組曲』のLP1枚のみ。
それでも、僕の記憶には良作として今も残っている。

アニメ版と実写版、それぞれ「別物」だから良いのだ。

話は逸れるが、僕は「ウルトラ兄弟」という設定があまり好きではない。
無理やり兄弟設定をねじ込まれた末に、後のシリーズで雑な扱いをされる初代マンやセブンを観て腹立たしかった事を覚えている。

なぜ一つにまとめてしまうのか、と思った。
混ぜこぜにする必要は無い。それぞれに、良さがあるのだ。

そう思えばこそ、「ザ☆ウルトラマン」は良作だったと思っている。

…アトラクション用スーツのダサさを除いては。

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